
新疆ウイグル自治区では、地域によって多少の違いはあれ、大抵どの都市でも中心部付近には様々な民族が混在している。おそらく、そこに日本人がいても外見上はそれだけで目立つということはあまりないだろう。日本人の顔立ちや体格が漢民族に似ているので、溶け込んでしまえるのである。
ところが、漢民族がほとんど足を踏み入れることのないウイグル族居住区の路地裏や農村だと、事情は違ってくる。
ウイグル族の人からすれば、日本人の私の顔は一見しただけでは漢民族と区別しづらい。そのため、私が日本人であることをわかってもらえるまでは、そうしたエリアでは「漢民族がここへ何しに来た」という冷たい視線を浴びることも少なくなかった。
ウイグル族をはじめとする新疆ウイグル自治区の少数民族の人々が、一般的に漢民族に対して良い感情を持っていないことは否定できないだろう。新疆を旅していると、日本人である自分は漢民族に風貌が似ているがゆえに、それを様々な場所で実感することになるのである。
そんな事情もあって冷たい視線を少しくらい浴びることなどこれまで新疆の他の場所で経験済みだったし、あまり気にもとめなくなっていた。さらにウイグル語で「私は日本人です」と言いさえすれば、周囲の人々の態度が変わって笑顔で接してくれ、食事をごちそうになることも一度や二度ではなかった。
ところがヤルカンドでは、ウイグル族のバザールのあたりまで行っても、私は誰にも「メン、ハンズーアマス。メン、ヤポンルック(=私は漢民族ではありません。私は日本人です)」と言えずにいた。ウイグル族の人々から私に向けられる視線が、これまで経験したものよりも冷たく感じられ、誰かに話しかけるタイミングを見つけられなかったのである。
突き刺すような視線というのはこういうものなのか、と思うほどだった。
誰か1人に話しかけ、自分が漢民族でないことをわかってもらえさえすれば、それで状況は変わる。それを経験済みだったのに、そうするきっかけがどうしてもつかめなかった。バザールの群集の中で「メン、ハンズーアマス。メン、ヤポンルック」とウイグル語で大声を出して叫んでしまえばどんなに楽だろうとも思った。
「厳しいな、この街は」
それが私のヤルカンドに対する偽らざる第一印象だった。自分の第一印象など、浅はかなもので、たいして気にすることでもないと自分に言い聞かせながらも、バザールにはどうしても長居する気になれなかった。
私は来た道を戻り、宿のあるバスターミナル方面へ、とぼとぼと歩き始めた。
(Vol.64へ続く)
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