
パミール高原で自給自足の生活をするキルギス族の人々の生活を垣間見て、そこにある価値観に思いをはせた時、私は小学生の時に見たあるテレビ番組を思い出さずに入られなかった。
その番組は、イタリア、中国、アメリカ、日本の共同制作ドラマで、たしか3夜連続で放映されたものだったと思う。タイトルは「マルコ・ポーロ シルクロードの冒険」。
番組は、マルコ・ポーロの幼少期から、東方への旅の後に帰国してその生涯を終えるまでを綴ったもので、大自然を踏破していく様やフビライ・ハーンをはじめとする様々な人との交流をへてマルコ・ポーロが成長していく過程が興味深く描かれていた。
私がその番組を見たのはもう25年ほども前のことになる。しかし、あるシーンがいまだに私の記憶から消えずに、その時の衝撃とともに残っている。
私がパミール高原で思い出したのはまさにそのシーンなのだけれど、それはマルコ・ポーロがパミール高原を越える場面ではない。東方への旅を終え、彼が故郷のベネチアに戻り、政治家たちに東方の旅の報告をする場面だ。
ヤクや羊とともに自給自足で生きる人々の、現金がなんら価値を持たない世界。それが、小学生の時に見た番組の1シーンを思い起こさせるのである。
旅から戻ったマルコ・ポーロは、東の地の果てを旅した商人として、時に英雄視される一方で、時に“ほら吹き”として嘲笑されていたという。そこでベネチアの政治家たちは、東の果てでいったい何を見てきたのか、マルコ・ポーロに旅の報告をさせる場を与えた。
マルコ・ポーロは、当時ユーラシア大陸を制覇して繁栄していたフビライ・ハーンのモンゴル帝国について話をする中で、実際に持ち帰ったモンゴル帝国の高額紙幣を取り出してベネチアの政治家たちに説明した。
「モンゴル帝国では、このような紙幣という金銭的価値を持つものが流通しています。その価値を帝国が保証しており、人々はこの紙幣と多くの物品を交換できるのです。金貨や銀貨よりも軽く、持ち運びも便利で非常にすぐれたものです」
当時、まだヨーロッパには紙幣というものが存在していなかったため、ベネチアの政治家たちにとって、それは“数字が書かれた紙きれ”でしかなかった。政治家たちは物珍しげに紙幣を手にとってはみるものの、なぜ紙きれに価値があるのかが理解できない。
「何を馬鹿げたことを。やはりお前は地の果てまで行って頭がおかしくなってしまったのではないか」
そんな嘲笑の中で、一人の政治家が紙幣を手に取り、ろうそくの火にかざした。言うまでもなく、マルコ・ポーロが持ち帰ったモンゴル帝国の高額紙幣は一瞬にして灰と消えた。
「今あなたが燃やしたものが、どれほどの価値を持つものがおわかりですか?」
マルコ・ポーロの問いに、政治家はこんなふうに答えた。
「ろうそくの火で一瞬にして燃え消えてしまうものに、一体なんの価値があるというのだ? ただの紙切れにそれほどの価値があるなど、正気の沙汰とは思えない」
結局、マルコ・ポーロの紙幣の話は、信憑性のある話として受け入れられることはなかった。
番組を見た時の私は、もちろんまだ仕事をして収入を得る年齢ではない。しかし、何よりも衝撃的だったのは、紙幣というものが物質的には紙切れに過ぎないという、言われてみれば当たり前の事実を突きつけられたことだった。それは、当時のヨーロッパ人が理解すらできなかった、紙幣の流通する金融システムを確立させていたモンゴル帝国の経済的な先進性よりも、私にとって大きな驚きだった。
世の中の大人たちの人生がどれほどお金に翻弄されているか、小学生にも見当くらいはついた。しかし、翻弄しているものが“数字の書かれた紙切れ”であることを考えると、なんとも不思議な違和感を覚えたものだった。別の言い方をするなら、紙幣を燃やしたベネチアの政治家の行動が、必ずしも馬鹿げていることだとは私には思えず、どこかで自然な反応にも受け取れたのである。
それから25年ほどがたった今も、その違和感が完全に払拭されたとは言えそうにない。
数字の書かれた紙切れの価値を疑いも無く信じる世界は、どんなふうにできあがって、人の価値観にどんな変化をもたらしたのか。なぜ人は、その価値の根拠を考えることも無く、これほどまでに紙切れの価値を信じているのか。
その後、バスに乗ったり食事をしたりする時、財布から中国紙幣を取り出して手に取るたびに、紙幣を燃やしたベネチアの政治家が登場するシーンを改めて思い出したものだった。
(Vol.52へ続く)
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