
キルギス族の青年サディックは、カラクリ湖畔の村だけでなく、湖からも湖のそばを走るカラコルムハイウェイからもかなり離れた山間の村へと私を案内してくれた。
カラクリ湖畔の村には、湖を訪れる観光客に宿を提供したり、ちょっとした土産物を売ったりして生計の足しにしているキルギス族も少ながらず暮らしていた。しかし、標高3600mのこの高地でそんな仕事をできるのは夏の一時期に限られるのが現状だ。1年の半分以上は、大半の人がヤクの放牧をしたり燃料となるヤクの糞を備蓄したりして、厳しい冬へ備える暮らしを送っている。
サディックの案内で私が訪れた山間の村の標高は約4000m。カラクリ湖畔でさえ慣れるまで一苦労した私の体に、また軽い頭痛が襲ってくる。とにかく体への負担を無駄に増やさないように、ゆっくり歩くしかない。深呼吸をしてみたところで、息苦しさからはさすがに逃れられない。
けれども、そこで実感することは、必ずしも苦痛ばかりではなかった。酸素の少なさを補うほど、と言ってしまっては言い過ぎかもしれないが、標高の低いエリアや街中では味わえないような清んだ空気が自分の口から喉を通り、肺へ吸い込まれて行く感覚は、なんとも言えない爽快なものだ。目の前に広がる光景と自分が吸い込む空気が繋がっている気が確かにしてくるのである。
そんな人里はなれたパミール高原の奥地で、キルギス族の人々はどんな暮らしをしているのだろう。
見渡してみると、村といっても日干し煉瓦を積み上げた民家が・・・・・・10軒くらい散在しているだけだ。ヤクや羊が緑の草を求めてトコトコと移動する足音や、その臼歯で草を噛みちぎる音が数10メートル先から聞こえてくるほどに、ひたすら静けさが漂う。
サディックの話では、カシュガルやタシュクルガンなど近隣の町へのアクセスがよいカラコルムハイウェイ沿いの村を除けば、人々は限りなく自給自足に近い暮らしをしているのだという。
万年雪を頂く高峰からの雪解け水が、村を横切り、標高にして400mを下ったカラクリ湖へと注ぐ。生活用水には事欠かないが、およそ農耕地に適した土地ではない。野菜や果物の類は非常に少なく、村人が口にするものはほとんどヤクや羊に限られるのだそうだ。もっとも、そのヤクや羊は自分たちの食料や衣類のために飼うのであって、それを誰かに売るためではない。つまり、村人は職業として牧畜業を選択して営んでいるのではなく、自らの生命を日々維持して生きていくために、ヤクや羊を育て、裁き、食し続けなければならないのである。
今回訪れているパミール高原に限らず、私は自給自足の暮らしをしている人々にこれまでも出会ったことがある。どの国の、どの地域の、どんな民族の自給自足の暮らしも、私には想像を絶するような過酷なものに映った。
それは、定年まで働いて貯蓄をし、田舎に土地を買って手にする自給自足的スローライフとは、全く次元の違うものだ。
私が目にした人々の自給自足の世界には、職業の選択という概念もなければ、現金の存在価値もないのである。
(Vol.49へ続く)
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