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 軽い頭痛と軽い吐き気。どうやら高山病の症状が少しずつ出始めたようだ。  それでも苦痛を感じるほどのひどさではない。眠ってしまえば大丈夫だろう。私はその程度の軽い気持ちで横になり、寝袋の中で身を小さくしてうずくまっていた。標高3600mの酸素の薄さを初めて体感していることに、ちょっとした心地の良ささえ感じていた。

 ところが、時間がたっても頭痛も吐き気も増すばかりで、一向に私の体は順応する気配を見せない。しかも、ぼんやりとした頭痛はやがて強烈な偏頭痛へと変わり、吐き出すものもなくなった私の胃は、ただただ胃液だけを放出し始める。
 いつしか、早く眠ってしまいたいという意識は遠のき、ほんの少しでも楽になりたいという一心で、右に左に寝返りを打つようになる。もちろん、体を動かしてみたところで状況が変わるわけではない。

 生まれて初めて味わう強烈な偏頭痛だった。まるで頭の一部を強い力で何かに捕まれ、ねじられた上に、そのままどこかへと引っ張られていくような痛みなのである。どうにかしてその痛みから逃れようと、引っ張られていくその方向へ頭を向けたり、体を動かしてみたりしてしまうのだけれど、どうにもならない。
 ただただ苦しさに耐え続け、気が付くと、いつの間にか夜が明け始める時刻になっていた。今からでも眠ってしまって楽になれないものだろうか。私はそんな気持ちでしばらくユルト(テント)の中で横になっていた。

 私はその日、前日に出会ったサディックという湖畔に暮らすキルギス族の青年に、村を案内してもらう約束をしていた。しかし、約束の時間になっても姿を見せない私を心配してか、彼は私のいるユルトへ、ヤクのミルクティーを持ってきてくれた。
 「ヤクのミルクティーを飲むといいよ。頭がすっきりするよ」
 少し塩気のする濃厚なヤクのミルクティーが、日本で言えばラーメン丼くらいの大きさの器になみなみと注がれている。お茶に砂糖ではなく塩が入っていると聞くと奇妙な気がする方もいるかもしれない。けれども、お茶ではなくスープのような飲み物だと考えてみると、ほとんど違和感はないものだ。
 明け方頃から吐き気だけはどうにかおさまりつつあった私は、そのヤクのミルクティーを一気に飲み干した。そして体調が回復するまで、ユルトの中で休むことにした。

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 ヤクのミルクティーのおかげか、私の体がどうにかこの地の標高に順応し始めたのか、その後3〜4時間もすると、あれほど苦しめられた偏頭痛もほとんど感じなくなっていた。そうは言っても、私の口の中へ入ってくる酸素の量が増えるわけではない。私は恐る恐る立ち上がり、ユルトの外へ出てみた。
 「もう大丈夫そうだね。初めてここに来た人にしては、回復は早いほうじゃないかなぁ。時々、3日間くらい苦しそうにしてる人がいて、こっちも心配になることがあるんだよ」
 外で待っていてくれたサディックが笑顔で言う。
 私は念のため頭を右に左に強く振ってみた。どうやら偏頭痛はおさまってくれたようだ。お腹もすいてきた。
 前日の夜中ごろから半日ほどではあったけれど、苦しめられ続けた高山病からようやく解放された。それはこのパミールの地に私がしばらく滞在することを、誰かに許してもらえたような、そんな気がした瞬間でもあった。

 パミール高原を照らす太陽の光が、澄みわたった雲ひとつない空からカラクリ湖へと、まっすぐに降り注いでいる。
 そしてカラクリ湖の向こう側から、輝く万年雪が私の視界へ飛び込んでくる。
 その中央に聳えるひときわ存在感の強い山が、コングール峰。標高7719mの、神々しい高峰である。


Vol.46へ続く)

>> 旅のウイグル語 Vol.45
 今回から、ウイグル語の動詞の勉強です。日本語と語順が非常に似通っているウイグル語ですが、動詞の語尾が主語によって変化するところは日本語と違います。
 動詞の語幹が母音で終わるか子音で終わるかによって違いはありますが、以下の語尾が基本形になります。

私は○○します〜メン私たちは○○します〜ミズ
あなたは○○します〜スィズあなたたちは○○します〜スィズレル
彼・彼女・彼らは○○します〜ドゥ

次号からは、基本的な動詞の活用例を紹介していきます。

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>> 秋野深(あきの・じん)について
 1970年生まれ。福岡県出身。会社員生活を経て、現在はフリーランスの写真家・紀行作家。アメリカとアジア(シルクロード、イスラム圏、東南アジア)を主なフィールドとして、自然風景、建築物、人々の生活や文化を撮り続け、雑誌やウェブでは旅のフォトエッセイの連載も手掛けている。
 2006年より、アメリカ・インディアナ大学研究所を中心とする国際的な芸術と科学の研究・展示プロジェクト「Accuracy & Aesthetics」のオフィシャルフォトグラファーとして、5年にわたって世界5大陸の10都市を訪問・撮影予定。
 ニューヨークアートギャラリー「Renee Fotouhi Fine Art」への作品登録、ナショナルジオグラフィック・WWF(世界自然保護基金)の共同制作ウェブサイトへの写真提供をはじめ、作品は海外の媒体でも紹介されている。
 『イラン・思考の旅』で、第1回文学メルマ新人賞紀行文部門大賞を受賞。アメリカで開催された「インターナショナル・フォトグラフィー・アワード」の2004、2005のプロフェッショナル・ネイチャー/ランドスケープ部門で「オーナブルメンション」賞を2年連続受賞。
 ⇒ 活動や作品の詳細については、Jin Akino Photography をご覧ください。
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