◆◆◆ 秋野深のHTML形式メールマガジン ◆◆◆
オンライン状態でご覧いただくと画像が表示されます
◆◆◆ www.jinakino.com ◆◆◆

 新疆ウイグル自治区において、近年になって漢民族の人口が増加する前までは、当然のことながらウイグル族の人口比率は今よりも高いものだった。つまり自治区内に限れば、ウイグル族は"多数派"であり、ウイグル族以外の少数民族が街へ出ていけば、必然的にウイグル語を話さなければいけない環境に囲まれていたことになる。
 そして漢民族人口が増加してきた昨今、ウイグル族を含む少数民族の人々は、都会へ出て会社で働いたり、商売をしたりする以上、中国語を操ることが要求される。
 その結果、必然的に、都会で暮らす少数民族は中国語の習熟度が高く、一方で同じ民族だけで暮らしている農村などでは、中国語が全くと言っていいほど話せない人々が多い、という状況が生まれてしまっている。

 言語環境が象徴しているそんな民族間の立場の違いは、高校生のグルマンブとアイジャルクンの会話にも表われていた。
 もちろん2人の言葉がキルギス族の気持ちを代弁しているなどという訳ではない。しかし、これまでの旅のなかで、ウイグル族の人々の漢民族に対する不満を耳にすることが多かった私にとって、キルギス族として生きるグルマンブとアイジャルクンからの言葉は新鮮なものだった。
 彼女たちは、少なくともウイグル族に対してはあまり良い印象は持っていない、というのだ。
 キルギス族の立場からすれば、漢民族が近年増加してきたという事実はともかく、それ以前に、ウイグル族が自分たちの目の前にいる多数派の民族だったということになる。別の言い方をすれば、キルギス族の少数派意識は、ある意味ではウイグル族に対して形成されてきたものだということにもなるのかもしれない。ちょうどウイグル族の少数派意識が漢民族に対してのものであるように。

 「漢民族が増えてきて何か変わった?」
 私のそんな質問に、グルマンブはしばらく「うーん」と言って考えた後、
 「ウイグル族が前よりおとなしくなった…かな?」
 と確認するように隣のアイジャルクンに問い掛ける。
 今度はアイジャルクンが「うーん」とつぶやいてから、
 「うん、うん、そうだね」とうなずく。

 彼女たちのなかには、漢民族の増加が直接的に自分たちの環境を大きく変えている、という実感が、まだそれほどはないように私には思えた。もっとも、その実感というのは、日常生活のなかで形成されるものであるから、同じアトシュの街に住んでいても、同じキルギス族であっても、当然個人差というものがある。
 ただ、これはこの後しばらく新疆ウイグル自治区の様々な街や村を訪れてみて思ったのだけれど、各民族の人口比率や漢民族の人口増の度合いというものが、街や村の人々の民族意識のあり方にかなりの影響を与えていて、それがその土地の持つ雰囲気をそれぞれ個性的なものにしている、ということは言えそうな気がするのだ。

 2人のキルギス族の高校生とアトシュの街をゆっくりと歩きながら、私はこの新疆ウイグル自治区における民族関係の複雑さというものを実感せずにはいられないかった。もちろんそれは、話を聞いて認識するだけの表面的なものに過ぎず、私自身が理解などという言葉を使って語れるものではないけれども、自分の日常を含めて様々な事を考えさせてくれているのもまた事実だった。

 私が話を聞いたウイグル族やキルギス族の人々の意識のあり方を考えてみた時、同じような状況や構図はおそらく自分自身のなかにもいくらでもあるのではないかと思えた。それは民族意識や少数派意識についてのことではなく、もっと広い意味で何らかの自意識というものを持つ場合に、ぼんやりとであれ明確にであれ、いつの間にか相対するもの(必ずしも敵対するという意味ではなく)を目の前に置いているということだ。そして目の前のものを意識して、それと相対する"自分"についての意識が強くなればなるほど、"目の前のもの"と"自分"の2つだけを意識することになり、それ以外のものへの視点が薄れがちになるということだ。

 民族間の少数派意識に話を戻せば、ウイグル族の意識のなかには自分たち以外の少数民族の存在は希薄だといわざるを得ないだろうし、キルギス族の意識についていえば、自分たちよりさらに少数の民族の存在はあまり気にしていない、ということになってしまうのだろう。
 キルギス族よりもさらに少数の民族の人はどんなふうに自分たちが置かれた状況を語るだろうか。勝手な想像だけれど、仮にこんな声をあげる人がいても不思議ではない気がする。
 「ウイグル族もキルギス族もたくさんいるじゃないか。少数派っていうけど、自治区や自治州の名前に民族名がちゃんとつけられているんだから、まだいいほうだよ」

 実態は1つかもしれないけれど、結局どの立ち位置で、どの方向を、どんな立場で見ているのか……、そしてどの方向は見ていないのか。それによって実態の認識はいくらでも違ってくる。
 きっとそれは自分自身の中にある価値観についても、自分が生きる世界に転がっている無数の価値観についても言えることで、気がついているようで、まるで気がついていないことなのかもしれない。

Vol.33へ続く)

>> 旅のウイグル語 Vol.32
 今回は季節を表わす単語の紹介です。
 「中国で最も暑く、最も寒い場所」とも言われる新疆ですが、草原、砂漠、高原など、エリアによって季節感は実に様々です。

季節ペスィル
エティヤズヤズキュズクシュ

>> お知らせ(秋野深の作品掲載や活動など)
写真展開催のお知らせ
秋野 深 写真展「アリゾナ・ユタ 大地の息吹」

会期:2005年9月10日(土)〜11月20日(日) 会期が延長されました
   10月15日に作品を一部入れ替えました
会場:平均律(東京都目黒区/東急東横線・学芸大学駅前)
詳細(写真展の告知ページへ)

アメリカ西部アリゾナ州・ユタ州の大自然に息づく造形美や色彩美溢れる写真を展示いたします。(作品はご購入いただけます)

撮影地:パリアキャニオン、アンテロープキャニオン、キャニオンエックス、ザイオン国立公園、グランドステアケースエスカランテ国定公園、グランドキャニオン国立公園、アーチーズ国立公園など

協力:ユタ州政府観光局、ハーツレンタカー


「Portside Travel Information」にて仕事・活動が紹介されました

 ⇒ 「Portside Travel Information」のページへ

 旅関連の執筆や写真の仕事に携わる人を紹介するコーナーにて、「言葉の壁を越えて伝わるもの」というタイトルで、簡単に仕事・活動の紹介をさせていただきました。作品も8画像アップしていただいています。


「インターナショナル・フォトグラフィー・アワード2005」にて受賞

アメリカで開催された同アワードのプロフェッショナル・ネイチャー/ランドスケープ部門で「オーナブルメンション」賞を2年連続受賞。
今年の受賞作品はアリゾナ州パリアキャニオンで撮影したもので、現在開催中の個展でも展示・販売中です。



『ANOTHER NEUTRAL』(白夜書房)
に作品掲載(8月26日発売)

ビジュアル・ガイドブック01「イスラム世界を旅する人へ」の中の以下のページで写真と文章が掲載されています。

・P80-P86 / ヨルダン
・P100-P106 / ウズベキスタン
・P112-P118 / シリア

 『ANOTHER NEUTRAL』は『NEUTRAL』の別冊版で、1号ではイスラム諸国15カ国を写真中心に構成されたページで紹介しています。秋野は上記3カ国の写真を担当しました。
 旅の写真集としてお楽しみいただける1冊です。

>> デスクトップにシルクロードの壁紙作品集を!
 壁マート(GMOモバイルアンドデスクトップ株式会社)にて、秋野深のデジタル作品集「シルクロード旅情」(10枚800円)を発売中です。 ⇒ 詳細
 Vodafone、EZ-web、H"Linkでは、携帯待ち受け画面として発売されています。

>> 秋野深(あきの・じん)について
 1970年生まれ。福岡県出身。会社員生活を経て、現在はフリーランスの写真家・紀行作家。アメリカとアジア(シルクロード、イスラム圏、東南アジア)を主なフィールドとして、自然風景、建築物、人々の生活や文化を撮り続け、雑誌やウェブでは旅のフォトエッセイの連載も手掛けている。
 2005年より、約5年間にわたる国際的な芸術と科学の研究・展示プロジェクト「Accuracy & Aesthetics」のオフィシャルフォトグラファーとして、世界5大陸の10都市を訪問・撮影予定。
 ニューヨークアートギャラリー「Renee Fotouhi Fine Art」への作品登録、ナショナルジオグラフィック・WWF(世界自然保護基金)の共同制作ウェブサイトへの写真提供をはじめ、作品は海外の媒体でも紹介されている。
 『イラン・思考の旅』で、第1回文学メルマ新人賞紀行文部門大賞を受賞。アメリカで開催された「インターナショナル・フォトグラフィー・アワード2004」のプロフェッショナル・ネイチャー/ランドスケープ部門で「オーナブルメンション」賞を受賞。
 ⇒ 活動や作品の詳細については、Jin Akino Photography をご覧ください。
・バックナンバーの閲覧はこちらから
・配信の登録解除はこちらから
・このメールマガジンに対する感想、秋野深へのお問い合わせ等は、akinojin@ybb.ne.jp

Copyright© by Jin Akino. All rights reserved.掲載記事・画像の無断転載を禁じます