
グルマンブとアイジャルクンと私の3人の会話は、言うまでもなく、何か1つのことを確認するだけでも時間がかかって大変だった。けれど、この2人の高校生は、ジェスチャーを駆使して、さらにペンと紙を使って私とコミュニケーションをとることをとても楽しんでくれているようだった。
私がこれまでの旅の中で覚えてきたウイグル語など、もちろんスムーズに会話をするのに役に立つというレベルではない。このエリアでは少数民族以外でウイグル語を話す人などいないので、簡単なフレーズや単語をウイグル語で言ってみるだけで、彼女たちを驚かせたり楽しませたりすることはどうにかできる、というくらいのものだ。きっと私たちの会話を続けさせてくれたものは、彼女たちが持っている「コミュニケーションをとろう」という強い意思だったのだと思う。お互いに、意思の疎通がなかなか上手くいかない時の忍耐力よりも、コミュニケーションがとれたと実感できた時の喜びの方が、遥かに大きかったということなのかもしれない。
ここで、彼女たちが使うキルギス語と新疆におけるギルギス語を取り巻く環境について若干説明をしておきたいと思う。
キルギス語は、ウイグル語と同じトュルク系(トルコ系)の言語で、トルコ語、ウズベク語、カザフ語などとも同系統であるため類似点が多い。さらに大きな枠でとらえると、日本語や韓国語と同じアルタイ語族に属する言語でもある。(日本語がアルタイ語族に属するかどうかについては諸説あり)
この新疆ウイグル自治区においては、漢民族を除く各民族間では、ウイグル語が共通語のように使われている。つまり、キルギス族もカザフ族もその他の少数民族も、ウイグル族と話す時にはウイグル語を使うことになる。
それでは、同じトュルク系(トルコ系)の言語であるキルギス語とウイグル語はどれくらい似通っているのか……。
私はウイグル族以外の少数民族に出会った時にはその後も、キルギス語とウイグル語、あるいはカザフ語とウイグル語はどれほど似ているのかといった質問を何度もしたのだけれど、大抵の答えは「ほとんど同じだよ」というものだった。
もちろん「ほとんど同じ」と言うからには違いが全くないわけではない。
グルマンブとアイジャルクンの説明によると、ほんの一部、単語が違ったり、発音が少しだけ違う部分があったりするだけで、キルギス族がウイグル語を使いこなすのには全くと言っていいほど苦労することはないという。
文字についても、新疆ウイグル自治区のキルギス族の間では、ウイグル語と同様にアラビア文字を転用した文字が使われていて、ウイグル語で使われる文字と「ほとんど同じ」だという。それでも違う部分があるとしたらどう違うのかを知りたがる私に、グルマンブとアイジャルクンは、紙にウイグル語とキルギス語で表記が異なる文字をいくつか書いて、その違いを教えてくれた。
あえてその違いを日本語の平仮名に例えて説明するならば、いくつかの文字だけは、点(、)の有無や、点や線の位置の違いがある、といった感じだ。
言葉せよ文字にせよ、わずかに違う部分を覚えさえすればよいだけなので、ウイグル族に接する時だけウイグル族に言葉を合わせることはキルギス族にとっては問題ないということのようだ。
「でも、ウイグル族はウイグル語とキルギス語の細かい違いは多分わからないと思う」
グルマンブがそうつぶやくと、隣でアイジャルクンがうなずく。
「ウイグル族の人がキルギス語を話すことはないの?」
私が尋ねてみると、2人は「ない、ない」と苦笑いしながら、首を横に振った。
考えても見れば、ウイグル語を話す漢民族はまずいない。いたとしても極めて例外的で、私が簡単な挨拶レベルのウイグル語を話した時のウイグル族の人々の反応からもそれがよくわかる。
ウイグル族やキルギス族から見れば、漢民族と日本人の顔立ちは似ているから、一見区別がつかないこともある。そのため、初対面で私が彼らに「ヤクシミシズ?(=お元気ですか?)」と言うだけで、それは私が少なくとも漢民族ではないことを案に伝えていることになるのである。逆に言えば、漢民族が自分たちの言葉など話すはずがない、という大前提のようなものが意識としてあることになる。
そして、ウイグル族とキルギス族の関係を見てみると……、キルギス語とウイグル語の微妙な違いがわかるウイグル族などまずいない……。
このことは、単なる言語事情だけでなく、新疆ウイグル自治区における各民族の立場や関係というものを、ある意味で如実に表わしてもいるのである。
(Vol.32へ続く)
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