
アトシュの街を案内してくれることになった2人のキルギス族というのは、高校生の女の子だった。2人の名は、グルマンブとアイジャルクン。
アトシュ郊外のモスクに行ってみようと思い、私が人に道を尋ねていたときに、偶然そばにいた2人が「何? 何? どこに行くの?」と興味深々で話しかけてきてくれたのである。
2人によると、アトシュのような小さい街ではあまり外国人旅行者は見かけないけれど、大きなバックパックを背負っているので、韓国人か日本人の旅行者だと思ったらしい。
これまでトルファンでもクチャでも、私はほとんど漢民族とウイグル族にしか接していない。もっとも人口比率で言えば、漢民族とウイグル族の2つの民族で、新疆ウイグル自治区に暮らす人々の約85%を占めることになるのでそれも不思議ではない。しかし、これまでも書いてきたように、「中国の少数民族、ウイグル族」と紹介されることの多いウイグル族も新疆の中では少数派なわけではない。ウイグル族は少数民族、というのは中国という国家の枠で捉えた場合の話で、個々人が日常生活の中でどれほどマイノリティ意識を持って生きているのか、ということとは別の次元の話だ。そして、人々が「自分たちは少数派だ」と語るとき、案外忘れられがちなのは、「どの枠の中で少数派なのか」ということだけでなく「何と比べて少数派なのか」ということだ。
これまではウイグル族の人々と話をすると、漢民族との対立振りや漢民族に対する反発心の強さを実感させられることが何かと多かった。そして、誤解を恐れずに言うならば、それは話を聞くまでもなく、この新疆を旅しているだけで随所で実感できることでもあった。
近年の漢民族の人口増加。それに伴う街の景観の変化。いかんともしがたい民族間の経済格差。そして私のような外国人との他愛もない会話の中ですら発せられる、ウイグル族の人々の現状に対する不平や不満。
そんな状況を垣間見て、あるいは話を聞いて、「ウイグル族は抑圧されている。漢民族はけしからん」と直情的に反応することは簡単なことかもしれない。しかし、忘れてはならないのは、当たり前のことだけれど、それはウイグル族の視点から見たウイグル族と漢民族の関係に限定された話だということだ。
私がクズルス・キルギス自治州のアトシュを訪れてみたいと思ったのは、少数派の中の少数派であるキルギス族の人々に、この新疆のことを聞いてみたかったからでもある。
グルマンブとアイジャルクンは、同じ高校に通う2年生で、いつも一緒にいる仲良しの2人組み、といった感じだった。明るくて、とてもよくしゃべる2人は、私が会話を理解しているかどうかもあまり気にせず、ケタケタと笑いながら話し続けることも時折あったけれど、私が時々会話を止めて、時間をかけて内容を確認する時も、決して面倒くさそうな表情など見せることなく、終始楽しそうに接してくれた。
そして、アトシュの街を歩きながら2人は私にいろいろなことを話してくれた。
キルギス語のこと。目と鼻の先にありながら国境で隔てられている旧ソ連のキルギス共和国のこと。そして彼女達から見たこの新疆ウイグル自治区やウイグル族のこと……。
その全てが、これまでの旅の中では一度として耳にすることのなかった話ばかりだった。
(Vol.31へ続く)
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