
民族構成比がどうあれ、多民族国家が自治エリアを設けることは、少なくとも対外的には大きな意味を持つものなのだと思う。国家としては対外的に、実情はともかく、少数民族が住むエリアで民主主義が実践されていること、さらには民族自決の下で少数民族が各自の伝統を保持していることを示す必要があるだろう。むしろ、逆のイメージは国際的な人権問題の火種にさえなり兼ねない。
一部の他民族国家では、結局それが多数派による少数派の統治法として現実的だということは否めないのだろう。
そして、この新疆ウイグル自治区について言えば、行政区分の名称に「自治」を用いていることは、国内的にもどうやら大きな意味を持つもののようだった。
これは、外国人として旅をしている立場でも十分に実感することができるのことなのだけれど、中国は、国内旅行者の需要拡大対策を、行政をあげてずいぶん熱心に行っている。つまり、多くの中国の人々に、この新疆のエリアが国内旅行の行き先として非常に魅力的であり、さらにはいかにエキゾチックで個性的な土地なのかをPRしていく必要があるのだ。
実際に、これまでは中国の沿岸部から見れば辺境地としてのイメージが強かった新疆は、そこから脱皮するために、各都市や遺跡などの環境整備を進めているし、様々な形で各少数民族の個性を表面的には殊更に強調している感がある。
私が訪れたクズルス・キルギス自治州のアトシュでも、やはり表面的には、ここがウイグル自治区の中でもキルギス文化が息づく土地だというPRが街中の様々なところで目についた。
しかしそれがどうしても「表面的」としか思えず、PRされているその文化というものが、少なくとも街並みや街を行き交う人々の雰囲気からはあまり感じられないところに、ある種の違和感が残るのである。
もちろん、同じようなことは、観光資源として位置付けられている世界中の多くの場所で起こっていることだろう。ただ、「自治」という名称が、他の地域とは違う何やら特別な体制の行政地域だと連想させるだけに、なんとなく合点の行かない気がしてしまう。もっともそんな発想も自分自身の先入観が原因なのではあるけれども。
Vol.28で記した通り、クズルス・キルギス自治州全体では、キルギス族が人口の約30%を占めているが、アトシュにおいては、キルギス族人口は1割強でしかない。つまり、キルギス文化の中心地のようにPRされているアトシュの街を歩いていても、そうそうキルギス族に出会うわけではない、というわけだ。
ところが、郊外のモスクへ向かう道を尋ねたことがきっかけで、私は偶然にも2人のキルギス族の高校生に街を案内してもらうことになった。
2人は私がこの旅で出会う、初めてのキルギス族だった。
(Vol.30へ続く)
|