
私がクチャを発って一気にカシュガルへと向かわず、アトシュで列車を下りたのには訳がある。それは、新疆ウイグル自治区の中の「自治州」を訪れてみたかったからだ。
中国には現在5つの自治区がある。内蒙古自治区、寧夏回族自治区、広西チワン族自治区、チベット自治区、そして新疆ウイグル自治区。
自治区の名称にウイグルの名が用いられているのは、もちろんこの地域にはウイグル族が多く居住していたからなのだろうけれど、広大な新疆ウイグル自治区には、ウイグル族や漢民族以外にも実に多種多様な少数民族が暮らしている。
そして、さらにこの新疆ウイグル自治区の中には、昌吉回族自治州、ブルタラ・モンゴル自治州、バインゴルン・モンゴル自治州、クズルス・キルギス自治州、イリ・カザフ自治州という自治州が存在する。
私がクチャの次に訪れたアトシュという街は、クズルス・キルギス自治州の中心都市である。そしてかつてはソ連の一部だったキルギスタン共和国が、そのアトシュからは目と鼻の先の距離にあって、クズルス・キルギス自治州とキルギスタン共和国は、国境線で接している。
自治区の中の自治州という一見不思議とも言える位置づけの行政区分は、アトシュという街の雰囲気に何らかの影響を与えているのだろうか。そしてそこで暮らすキルギス族はどんな思いで暮らしているのだろうか。そんな疑問を持って、私は数日アトシュに滞在してみた。
ここまでの旅のなかでも、多くのウイグル族の人々と彼らの立ち位置から見える新疆ウイグル自治区の話を耳にしてきたが、少なくともこの地域に"自治"という言葉がイメージさせてくれる雰囲気があるとは思えなかった。彼ら自身の生活実感としても、ここは自分たちの民族が自治を行っている地域だ、などという意識は微塵もないようだった。
旅する私の耳に入ってくる話は、一様に、ウイグル族の人々の漢民族に対する不平不満だったと言っても言い過ぎではない。
しかし、そもそも現在の新疆ウイグル自治区の民族人口構成比を考えてみると、自治が実態をなしていないことは見方によっては不思議なことではないのかもしれない。人口のほぼ半数以上を漢民族が占める地域で"自治"が行われているとしても、一体どのような行政が可能なのかは疑問だ。
ちなみに、クズルス・キルギス自治州の民族構成については、キルギス族が約30%、ウイグル族が60%強、漢民族が約5%となっている。一方アトシュでは、キルギス族が約13%、ウイグル族が約80%、漢民族が約7%。
ウイグル自治区の他の地域に比べれば、キルギス人口比率は圧倒的に高いのだけれど、言うまでもなく、クズルス・キルギス自治州の中ですら、キルギス族は多数派ではないのである。
なんだか、自治という行政区分の名称がかえって実態を把握し辛くさせているような気がしてしまう。
しかし逆に言えば、私自身のほうが自治という名称に対して先入観を持ちすぎているということにもなるのかもしれない。
つまり、「○○族の自治区あるいは自治州」という名称を目にした時に、その○○族がそのエリアで多数派であり、そこにはその民族固有の文化を守る環境がある、と考えるのは、場合によっては実に現実離れした偏見に過ぎないかもしれない、ということだ。
(Vol.29へ続く)
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