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 クチャからは、鉄道に乗って西へ向かうことにした。私の次の目的地はアトシュ。中国最西端の都市と言われるカシュガルの40キロほど手前(東側)に位置する小さな街だ。

 1984年まで南疆鉄道と呼ばれるこの地域の路線は、トルファンからコルラまでしか開通していなかった。その南疆鉄道がカシュガルへ到達したのは1999年。まだ敷設されてそれほど長い時間は経過していない新しい路線だ。

 鉄道であれバスであれ、当然、乗るのであれば乗車券を買う必要がある。ところが、この「乗車券を買う」というだけで、時々大変な思いをすることがあった。
 もっとも、それほど混んでいなければ問題はないのだけれど、人が大量に移動する夏場や、乗車券売り場が込み合う大きな駅では、たとえ1日中窓口の前にいても乗車券は買えない、と言っても言い過ぎではないだろう。

 苦労するのは、人が多いので列車やバスがすぐに満席になってしまうからではない。大勢の人が乗車券売り場の窓口に殺到し、列を作って並ぼうとする人などまずいないので、たとえ窓口の前に立っていても、次から次へと大勢の人が横からどんどん入ってきてしまうのである。
 乗車券を売る窓口の駅員も、買う人間が列を作って並んでいることなど前提にしていないから、横から入ってきた人へ乗車券を売り、次から次へとさばいていく。
 そんな状況で、「きちんと列に並んで自分の順番が来るまで待つ」などという態度でいようものなら、本当に、窓口の前から人がいなくなるまで、自分の番など回っては来ない。

 もっとも、私はここで中国の人々のマナーや礼儀正しさの有無について指摘したいわけではない。中国では100%の人がそうだと言うつもりもないし、そもそもあらゆる文化や習慣を超越した普遍的なマナーや礼儀正しさが存在するのかどうかも疑問だ。さらに言えば、往々にして、自分たちが礼儀正しいと感じている部分については他人の行為を敏感に観察しがちだけれど、逆に、自分たちが礼儀正しさを問われない部分について他人がどう感じているかについては鈍感になりがちだ。
 それに、何十年もの間、正しいと教わりながら生きてきて、自分の中に「誰にとっても○」だと染み付いている習慣や価値観のようなものが、別の土地や文化圏に行けば×であったりすることは別段不思議なことではない。
 実際に、私がアメリカ在住時、社内で唯一の外国人として働いていた時のことを考えてみると、「○が×で、×が○」を様々な場面で実感させられる日常の中で、どうにか価値観の置き所を見つけて暮らしていたものだった。そして、そういう環境で順応していくことは自分にとって苦痛ではなくむしろ楽しいとさえ思えることが多かった。自分の中で築かれてきた価値観を崩していく作業に面白みを感じていたのかもしれない。
 ところが、順応ではなく同化というレベルが要求される場面、つまり違う文化や価値観を持つ人間だということを許容してはもらえない場面では、自分の奥底に染み渡っていることを意識すらしたことがないような習慣的な考え方や感じ方まで見つけて掘り起こしてこなければならない。

 旅の中では、そこまで深刻にならなければうまく行かないような場面はほとんどありえないだろう。
 しかし、乗車券が買えない以上、列など作ってはいられないことを少なくとも窓口の前だけでは重々わかっていなくてはならない。とにかく自分の前に割り込まれないようにしながら、同時に自分は前へと割り込んでいかなくてはならない。
 旅の中で何度も列車やバスの乗車券を買いながら、確かに少しずつ私はその場の環境に順応していき、スムーズに買うことができるようになっていった。そしてどうにか乗車券を買い、ホッとしながら、「次はもっとスムーズに買えるようになるぞ」と意気込んでみたりしたものだった。
 ところが、次に買うときには、気がつくと私は誰かの後ろに並んでいて、自分の順番が来るのを待ってしまっているのである。そこで誰かに先を越されて初めてハッとして、自分が「並んで待っていれば買える」という状態に陥ってしまっていることに気付くはめになるのである。

 「おとなしく待っていれば機会が与えられる」
 はっきりとそう考えているわけではないけれど、列に並ぶという行為に限らず、もしかしたら無意識のうちにそれを前提に行動していることは案外多いのかもしれない。
 旅の中で乗車券を買う時、誰かの後ろについ並んでしまった時、そんなことを時々考えされられたものだった。


Vol.28へ続く)

>> 旅のウイグル語 vol.27
駅やバスターミナルで乗車券を買ったり、行き先を確認したりするときは、何よりも街の名前を伝えなければ行けませんが、現地の人にウイグル語での街の名前を言われた時に理解できると何かと便利です。

新疆 (=シンジャン)
ウルムチ (=ウルムチー)トルファン (=トゥルパン)
カシュガル (=ケシュケル)ホータン (=ホティャン)

>> お知らせ(秋野深の作品掲載や活動など)
写真展開催のお知らせ
秋野 深 写真展「アリゾナ・ユタ 大地の息吹」

会期:2005年9月10日(土)〜10月10日(祝)
会場:平均律(東京都目黒区/東急東横線・学芸大学駅前)
詳細(写真展の告知ページへ)

アメリカ西部アリゾナ州・ユタ州の大自然に息づく造形美や色彩美溢れる写真を展示いたします。(作品はご購入いただけます)

撮影地:パリアキャニオン、アンテロープキャニオン、キャニオンエックス、セドナ、ザイオン国立公園、グランドステアケースエスカランテ国定公園など

協力:ユタ州政府観光局、ハーツレンタカー


『NEUTRAL』(白夜書房)
第4号に作品掲載(7月26日発売)

特集:「美しき世界の結婚観」の中の以下のページで写真と文章が掲載されています。
・「世界の結婚様式をめぐる」
 P100/中国・新疆ウイグル自治区、トルファン郊外の農村での結婚式

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>> 秋野深(あきの・じん)について
 1970年生まれ。福岡県出身。会社員生活を経て、現在はフリーランスの写真家・紀行作家。アメリカとアジア(シルクロード、イスラム圏、東南アジア)を主なフィールドとして、自然風景、建築物、人々の生活や文化を撮り続け、雑誌やウェブでは旅のフォトエッセイの連載も手掛けている。
 2005年より、約5年間にわたる国際的な芸術と科学の研究・展示プロジェクト「Accuracy & Aesthetics」のオフィシャルフォトグラファーとして、世界5大陸の10都市を訪問・撮影予定。
 ニューヨークアートギャラリー「Renee Fotouhi Fine Art」への作品登録、ナショナルジオグラフィック・WWF(世界自然保護基金)の共同制作ウェブサイトへの写真提供をはじめ、作品は海外の媒体でも紹介されている。
 『イラン・思考の旅』で、第1回文学メルマ新人賞紀行文部門大賞を受賞。アメリカで開催された「インターナショナル・フォトグラフィー・アワード2004」のプロフェッショナル・ネイチャー/ランドスケープ部門で「オーナブルメンション」賞を受賞。
 ⇒ 活動や作品の詳細については、Jin Akino Photography をご覧ください。
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