
トルファンでもクチャでも、そしてこれはこの後訪れる、新疆ウイグル自治区の他の街でも共通していることだったのだが、宿のことで意外というか、驚いたことがある。
私はたいてい、どの国に行っても、いわゆる安宿と呼ばれるところに泊まる(または宿がなければ一般家庭に泊めてもらう)ことが多いのだが、料金が安い分、当然そういう所は建物や部屋や施設が簡素であることが多い。
ところが、今回の旅では、街で一番安そうな安宿を見つけても、ほとんどの場合、星がいくつかついていそうな高級ホテルが同じ敷地内の別棟などで安宿を兼営していることが多かった。場所によっては、その立派なホテルの一部の階だけ、一部屋のベッド数を増やしてドミトリー形式にしているところもあった。一応、宿の名前も敷地も同じなのだけれど、1泊の料金は、立派なホテルの部屋と安宿の部屋では10倍以上差があったりもするのである。
国によっては、または中国の他の地域では、もしかしたらあまり珍しくないのかもしれない。ただ私はそういうタイプの安宿に泊まるのが初めての経験だったので、バックパックを背負って立派なガラス張りの入り口を通って"フロント"へ行き、きちんと制服を着こなした従業員に「ドミトリーは一泊いくらですか」と言っているのは、なんとも不思議なものだった。
私を病院へ連れて行ってくれたのは、その立派なホテルのフロントで働いている漢民族の人と、安宿の部屋を掃除していたウイグル族の人だった。
車を降りて、私がもうろうとしながら病院へ入ってみると、そこは、ベッドが2つ、椅子が5つ、医師の机が1つ置かれただけの小さな小さな10畳ほどの病院だった。切り盛りしているのは、漢民族の女性医師1人とウイグル族の看護士2人。
すでに10人くらいの患者さんが順番待ちをしていて、その列は病院の入り口の外まで溢れていたので、医師も看護士もその狭い病院の中を忙しそうに終始走り回っていた。
私は、一番奥のベッドに横になって、体温、血圧をチェックされながら、身振り手振りのジェスチャーや、漢字の筆談や覚えたてのウイグル語など、ありとあらゆる手段を使ってどうにかコミュニケーションをとった。
もっとも、ウイグル語については、クチャまでの長いバスの旅の間に、隣の席のウイグル族の人に教えてもらった単語を並べて「メン トゥニュギュン、オプトゥブス、ビレン、トゥルパン、ディン、キャルディム」(=私は昨日、バスでトルファンから来ました)などと言ってみて、その場にいる人を驚かせたり喜ばせたりするのには十分だったけれど、自分の病状の説明にはまるで役に立っていない。
さらに、周囲の人たちが喜んで「もっとウイグル語で何か言ってみてくれ」と急かすので、「レッシム、タッサム、ボラムドゥ?」(=写真を撮ってもいいですか?)と言ってみると、またみんなが大喜び。
脇に挟んでいた体温計をふと思い出し、確認してみると、38度5分。
医師が、薬の入った箱を持ってきて箱に貼られたシールの文字を指差す。
「日本人なら漢字が読めるでしょう? この薬は使ったことある? 多分知ってると思うけど」
どうやらそんなことを言われているらしいので、私は箱を手に取り、薬の名前らしき文字を見てみる。
そこには、生まれてこのかた一度も見たことのない漢字が、6つ並んでいた。
(Vol.25へ続く)
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