
タクラマカン砂漠の砂丘の上で、私は結局一睡もできず、一晩を明かしたことになる。
日の出前、東の空がわずかに明るくなり始める頃には、私とアリは起き出して寝袋の片づけを始めていた。ウイグル族でトルファン育ちのアリは、さすがに砂漠の風も砂塵もものともせず、ぐっすり眠れたらしい。ずいぶんすっきりとした表情をしていた。
朝のタクラマカンは、夜中に聞こえた風の恐ろしいうなり声など嘘のように、その表情を優しく柔らかいものに変えていた。
前日に砂丘へたどり着いた時には、すでに日が暮れかかっていたからだろうか、砂漠の色は濃く、夕闇の中で波がうねっているような印象が強かった。
しかし、朝の光の中で浮かび上がってくる砂丘の群れは、前日に私が見たものとは全く別物のように感じられる。
風が一晩中吹き荒れ、砂は吹き飛ばされて砂丘は形を変えている。だから、まるで違う砂丘を目の前にしていることは当然といえば当然なのだけれど、私自身が全く別の場所に移動してきたのではないかと思うほどに、風景が私に対して与える印象というものが違っているのである。
ときどき突風が吹き付け、砂丘がまるで生き物のように尾根のラインを移動させていく様は前日の夕刻と変わらなかったが、心なしか、朝の砂のほうが軽ろやかに舞い上がっている気がする。
砂丘の上を歩いていても、途方もない量の砂が堆積した重厚な大地を踏みしめている感覚はなく、ふわふわとした柔らかい絨毯の上にいる時の感触が靴底から伝わってくるのである。
砂丘の高いところに上って遠くを見渡してみると、朝日が昇るにつれて、大きな砂の波が作る影の大きさや形が刻々と変わっていく様子がはっきりと見える。そして砂丘を覆っていた影が去っていくと、その場の砂の色は明るく変わり、眩しいほどに砂粒が輝く。
そんな砂漠の朝の表情に包まれて、私がしばらく砂丘の上で立ち尽くしている時、ふと何か動くものが視界に入ってきた。
砂丘のくぼ地に視線を落としてみると、何かが激しく砂の上を這い回っている。
最初は、それが小さな虫の大群に見えたのだけれど、よくよく見るとそうではなかった。
それは、私がタクラマカン砂漠で見た、最も不思議で最も神秘的な光景だったと言っていい。
その動く物体の形は、ある時には二足歩行の動物のようにも、また別の瞬間には形を変えて何本もの足を右に左にばたつかせる軟体動物のようにも見えた。そして風に移ろい流されながら、1つの砂丘のくぼ地を自分の舞台であるかのように所狭しと縦横無尽に踊り続けているのである。
動く物体の正体は、風に巻き上げられた砂塵の塊だった。
砂丘と砂丘の間のくぼ地で行き場をなくして回り続ける風が、粒子の細かい砂を巻き込み、形や大きさを常に変えながら動きつづけるその物体を作り出していたのである。
それがわかった上で見ていても、やはりそれは砂の衣をまとった生き物の踊りにしか見えなかった。
くぼ地の一番深いところで円盤状になって踊っていたかと思うと、手足を伸ばして尾根のあたりまで駆け上ってくる。ルーレットの中のボールのように、らせん状の軌跡を描きながらくぼ地の中央へと下りていく。
その動きは、自ら意思を持って動いているとしか思えないほどに、複雑で繊細だった。
風に逆らうこともできずに、ただ移ろい続けているだけなのに、その動きに自分の視線が吸い込まれていくようで、不思議でならなかった。
いつの間にか、サングラスをしなければ目を開けていられないほどの強い陽射しが降り注いでいた。足下の砂がじりじりとその温度を上げていくのがはっきりと感じられる。
凍えるほどに寒かった昨晩とも、柔らかく優しい風景を浮かび上がらせた日の出の頃とも全く違う、また別の表情を、タクラマカン砂漠が見せ始めていた。
(Vol.21へ続く)
|