
私とアリは、延々と続く砂丘の上を歩きながら、激しいタクラマカンの風を少しでも凌げそうな場所を見つけて、そこで寝袋を広げて寝ることにした。
まだ寝るには早い時間だけれど、太陽が西の地平線へ沈んでしまえば、砂漠は暗闇に包まれる。そして砂漠の空気は、急激に冷え込んでいく。
アリは、ディリシャティと同じように、夏の間だけ個人旅行者のガイドをして、夏以外の季節は自宅のブドウ畑で働く生活を送っている。ウルムチの大学を出た彼は故郷のトルファンへ戻ってきたが、その後もウルムチの大学の日本語講座に通うなど、旅行ガイドの仕事を積極的に広げようと懸命に努力しているようだった。また、アリは中国語の漢字の読み書きも完璧にでき、漢民族を相手にした旅行の仕事も他のウイグル族のガイドよりスムーズにできる人物だった。
ただ、それだけに彼は漢民族とウイグル族のどうにもならない経済的な格差にいつも落胆し、自分が置かれた環境に苛立ちのようなものを抱えていることを会話の端々で感じさせた。
「自分は漢民族と全く同じように中国語ができるし、ウイグル族だからもちろんウイグル語がわかる。日本語だって少しずつできるようになってきた。でも、いつまでたっても生活が変わらない」アリはそう言いたげだった。
私たちの会話は、彼が学んだ日本語と漢字での筆談が中心で、時に英単語が混ざり、そのなかでやさしいウイグル語の単語を彼が私に教えてくれるという、複雑でとても時間がかかるものだった。
しかし、日が沈んだ後の暗闇の砂の大地で、話すこと以外に何かできることがあるわけではない。下手に動くと翌朝には自分がいた場所に戻れなくなることもあるのだ。
私たち2人は寝袋の上にアリが自宅からもって来てくれた毛布を被り、砂漠の夜の寒さに耐えながら眠たくなるまで話し続けていた。
その間、冷たくなって行くタクラマカンの砂が、腹ばいになった私の胸や腹や太腿から、徐々に体温を奪って行った。
漢民族とウイグル族の話になると、アリは早口でまくし立てるように話したが、その目はどこかうつろで、いったん口にしたことを自分でよくよく考えてはため息をついたり、頭を抱え込んだりしていた。ところが、突然、やはり口にせずにはいられない、という表情でまた勢いよく話し始めたり……。
そんなアリの話し方には、タクラマカンの砂丘の上ではトルファンの街中と違って、誰かが自分の話を聞いているのではないかと心配する必要がなく、気兼ねなく何でも話せるけれど、話したからといってどうなるものではない、という絶望感にも似たものが込められているようにも思えた。
私はあまり自分から質問はせずに、彼の話にじっと耳を傾けて聞き入っていた。
暗闇に少し目が慣れてきたのだろうか。アリが私の方へ顔を向けて話すとき、あまり気にならなかったはずの月明かりが、ずいぶん眩しく彼の顔を照らしているように見えた。
アリの不満や苛立ちは、必ずしも漢民族だけに向けられているわけではなかった。
「トルファンで見たでしょう。仕事しないで昼間っからビールばっかり飲んでいるウイグル族がいたでしょう。あれじゃあ駄目です。いつまでたっても何も変わらないです。ウイグル族に必要なのは、教育とお金です。頑張って仕事見つけて、仕事しないと駄目です。そうじゃないと、漢民族はどんどんお金持ちになって、ウイグル族はどんどん貧しくなるだけでしょう」
いつしかタクラマカンの暗闇は耐え難いほどに凍りつき、寝袋から唯一出している頬の部分に痛みを感じるほどになっていた。そして私たちの寝袋と毛布に容赦なく当たる砂塵混じりの風の勢いも明らかに激しさを増していくのだった。
砂粒が目に入らぬように目を半分閉じたまま、眉間にしわを寄せてアリが呟く。
「漢民族とウイグル族の話してると、私、いつも頭が痛くなります」
そしてしばらく間があった後、こう呟いて、彼は顔の向きを月の輝く空とは反対の方に向けた。
「もう寝ますね。おやすみなさい」
私は上半身だけを起こして、暗い砂漠をぐるりと見渡してみる。
すると、アリが顔を向けた方角の地平線上で、かすかにゆらゆらと揺れる灯火が目に入ってきた。24時間、消えることのないその灯は、中国石油の油田採掘場から上がっているものだ。
夜空に浮かぶ月と、遥かかなたの油田の炎。それだけが、私の視界の中で辛うじて光を放っていた。
(Vol.19へ続く)
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