
新疆ウイグル自治区は、天山山脈を境に、草原が広がる北疆とタクラマカン砂漠に覆われた南疆に分けられる。
そのタクラマカン砂漠は世界地図を見ていても実感できるほどに広大で、パミール高原のような一部の山岳地帯を除けば、南疆のどの街を歩いていても、街に流れる空気がその背後にタクラマカン砂漠があることを実感させてくれるといっても過言ではない。
トルファンの街からも郊外へ2時間ほど車を走らせれば、砂に覆われた死の砂漠を目の前にすることができる。
私は、アリという名のウイグル族の男性に案内してもらい、そのタクラマカン砂漠の砂丘で1泊だけ野宿をしてみることにした。
寒暖の差が激しい砂漠。しかもトルファンの街中でも朝夕はそれほど暑さを感じなくなる9月下旬。砂漠の夜の冷え込みも厳しさを増す季節だ。
それでも、私はタクラマカン砂漠の中にこの身を置いてみたいと思った。一泊くらいなら寒さもどうにか我慢できるだろう。
360度、どこを見渡しても、どこまで見通してもひたすら砂丘だけが続く光景を目の当たりにしたのは、これまで訪れた砂漠を思い出してみても、生まれて初めてのことかもしれない。
世界中に、砂漠と呼ばれるところは数多く存在しているけれども、地球の砂漠化が進行するスピードは緑化のそれを上回っているだろうから、砂漠の面積は地球上で拡大しているに違いない。しかし、砂漠の多くは、"岩石砂漠"や"れき砂漠"といった岩や小石ばかりの土地で、砂丘がどこまでも連なる砂砂漠というのは案外少ないものだ。
これまで、ウズベキスタン、イラン、ヨルダン、アメリカなどで砂丘を目にしてきたものの、本当に視界の全てを砂丘に覆われたことはなかったような気がする。
私たちが、砂丘の広がる一帯に辿り着いたとき、すでに日は暮れかかっていた。しかし、巨大な砂の山が延々と続くタクラマカンの風景を夕闇の中ではっきりと見ることができた。一歩一歩、足首まで粒子の細かい砂に埋まりながら砂丘の尾根まで上がってみると、地平線の彼方へと砂丘が波のようにどこまでも続いていた。ところが、ひとたび砂丘のくぼ地へ下りてしまうと、砂の丘は高い壁のように目の前に立ちはだかってくる。そしてその砂の壁はぐるりと私の周囲を取り囲んでいて、壁の向こう側にはいったい何があるのかまるで想像できないような隔絶された孤独な空間を作り出していた。
この大量の砂はいったいどうやって生まれ、どこからやってきて、どこにいくのだろう。
時折、突風が吹くと、粒子の細かい砂は叩かれたように空へ舞い上がり、砂丘は刻一刻と私の眼前で生き物のように形を変えていく。砂の一粒一粒が動くことで、砂丘の尾根のラインは少しずつその位置を変え、私自身が立っていた尾根は、わずか数分で砂山の斜面となり、やがて隣の砂丘の尾根が近づいてくるのである。
「まるで海みたいだ」
見晴らしのよい大きな砂丘の上に立つと、ゆらゆらと揺れる波頭の上に乗って大海原を眺めているような、そんな不思議な感覚が襲ってきた。
人の侵入を容易に許さず、それでいて、さらさらと風に移ろい、その姿形を変え続けていく大自然。
全てが砂に埋め尽くされた世界であるはずなのに、自分がこれまで見た風景の中で一番似ているものを挙げるとするならば、それは海だとしか言いようがなかった。
(Vol.18へ続く)
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