
私は旅のなかで、特にあてもなくバスに乗って街の郊外へ向かってみたり、迷わない程度に住宅街をうろうろしたりすることがよくある。散歩感覚のそうした時間の過ごし方は、無意識のうちに緊張感を持ったり周囲に警戒心を持ったりしがちな異文化のなかで、とても私を落ち着いた気持ちにさせてくれる。そして、人々の日常生活の一端に思わぬ形で触れることができるのも、往々にしてそんな時だ。
バスに乗っている時間は、街行く人や乗客をついつい観察してしまうものだ。
バスの乗客を見ていると、ひとえにウイグル族と言っても顔立ちや服装は当然のことながら実に様々であることがよくわかる。
ウイグル族の人々の顔立ちというのは、トルコ系らしく概して彫りの深いことが多いのだけれど、中には漢民族と区別がつかないような、日本人と言われてもわからないような顔立ちの人もいる。
服装についていうと、トルファンのような都会では、ビジネススーツ姿の人から、頭をスカーフで覆って、さらに体の線がはっきりとでないような大き目のワンピースを着ている人まで多岐に渡っている。
「イスラム教徒の女性は、顔以外の部分を見せてはいけないので髪の毛を覆わなければいけない」とよく言われるけれど、それも実際にはかなり地域性による違いや個人差のあるものだ。
新疆ウイグル自治区は、イスラム圏ではあるけれども、厳しく定められた戒律を皆が遵守して生きているといった地域ではない。もちろん信仰心の厚い人々はモスクでの礼拝を欠かさないし、顔以外の部分を見せないようにしている服装の女性もよく見かける。ところが、アルコール飲料はどこででも見かけるし、男女の関わり方についても日本と同じではないにせよ、一部のイスラム諸国のような驚くほどの厳しい線引きが感じられるわけではない。
女性のスカーフは、特に若い人に限れば、ほとんどファッションと化しているように思えた。個人的な好みでスカーフをしない人もいるし、中高生の女の子たちの間では、時期によって流行りの柄や色があったりするのだという。
とにかく、ウイグル族の女性の服装は色鮮やかだ。光ものの服も多く、これからパーティーにでも出かけるんですか、と言いたくなるような派手な格好で日常的に街中を歩いている。女性の服装に関しては、ウイグル族と漢民族ではあまりに対照的だ。漢民族の人はと言えば、人民服を着ているわけではないのだけれど、どうしてそんなにというくらい地味だ。明るい色の服の人がもちろんいないわけではない。ただ、派手さという意味では、ウイグル族の女性とは比較にならないのである。
これまで様々な文化圏の様々な国を訪れたが、日常生活の中にあふれる色彩が実に豊かなところというのは、案外その生活の舞台が単調な色彩の自然風景に囲まれていることが多いような気がする。山岳地帯であったり、砂漠であったり……。
今回の、タクラマカン砂漠の周囲の街を訪れる旅のなかでも、人々の生活を彩る様々な色彩というものは、鉄道やバスで砂漠のなかを何時間も揺られた後に次の街にへと降り立った私に、いつも気分的な潤いを与えてくれていた。そしてそれが、移動で疲れきっているはずの体に、旅を続ける新たな活力を吹き込んでくれるのだった。
(Vol.17へ続く)
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