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 日本語を操り、夏は個人でガイドの仕事、冬は農村で畑仕事をするディリシャティというこのウイグル族の男性のことを、私はもっと詳しく知りたいと思い、質問を続けた。

 「旅行の仕事の相手はほとんど日本人?」
 「ほとんど中国人。漢民族の人ですよ。トルファン旅行してる人、一番多いは漢民族の人ですよ」
 仕事の相手の7〜8割は漢民族、つまり中国の国内旅行者なのだという。
 「残りはほとんど日本人です。私、英語全然わからないですから」

 私は、ウイグル語と中国語と日本語を話す彼に語学のことについても尋ねてみた。異文化社会での言語事情というのは、歴史的背景だけでなく、その民族が置かれた状況やその時の行政・教育政策などによっても左右されるものだ。ウイグル自治区で生きる様々な民族の実情を知る上で、この言語事情は避けては通れない話題だろう。
 「ディリシャティは日本語の文字はわかる?」
 「わからないです」
 「じゃあ、中国語の漢字は?」
 「わからないです」
 日本語の文字はともかく、中国語の漢字の読み書きが全くできないというのは正直少々意外だった。というのも、彼は私と会ってバザールの屋台まで歩いてくる途中で、道を尋ねられたりして数人の漢民族と中国語で会話をしていたからである。

 「じゃあ、あれもなんて書いてあるかはわからない?」
 私は、頭上に掲げられている食堂の看板の「清真」という文字を指差してそう聞いてみた。
 「清真」とはイスラムを意味する言葉で、つまりこの食堂では料理にいっさい豚肉は使用されておらず、イスラム教徒が安心して何でも食べられる、ということなのだ。
 しかし、ディリシャティは黙って首を横に振るだけだ。
 彼によると、ウイグル族で中国語の漢字の読み書きができるのは、高校や大学に行った人なのだという。少なくとも彼はそう認識しているようだった。

 小中学校の義務教育の過程で中国語の勉強はするのだが、卒業後は使わないので漢字は忘れてしまうのだという。特に農村部ではその傾向が強いらしい。
 「じゃあ、話したり聞いたりする分には中国語は問題ないの?」
 「普通に少し話するだけは問題ないです。でも、全然完璧じゃないです。学校でちょっとやって、後は耳で覚えただけですから。だから最近の言葉とか難しい言葉は、なんて言われているかわからないですよ」

 考えても見れば、ウイグル族の人たちにとって中国語はかなり難しい言語のはずだ。使う文字はまるで違う上に、ウイグル語の文法は日本語に似ていて、中国語とはかけ離れている。もっとも、生まれてからずっと2つの言語に同じように囲まれていれば、自然とバイリンガルになるのかもしれないが、ほとんどのウイグル族にとって、中国語は学校に入ってから学ぶ言語だ。

 中国語の習得レベルは、就職事情にも関係するのだという。
 「中国語がちゃんとできないと会社に入れないです。会社を持ってるのはみんな漢民族ですから。だから私は自分の子供たちは漢民族の学校に入れたいです」
 きっぱりとそう言い切るディリシャティの真意や本音というものを、まだ彼と話をし始めたばかりの私はよくわかっていなかった。トルファン滞在中に何度も彼と話をして、さらに他の街でも多くのウイグル族の人に話を聞きながら旅を続け、ようやく私はウイグル族の人たちが置かれた環境というものをその後少しずつ認識していくことになる。

 「ところで、ディリシャティの子供は何歳?」
 「5歳と2歳」
 そう言われて、私には子供のことで疑問に感じていたことがあったことを思い出した。

 この旅でまず最初に西安に降り立ち、街中を歩き始めた時、何となく子供の数が少ないことに気づき、私は一人っ子政策のことを思い出さずにはいられなかった。ところがトルファンに到着して通りを歩いていると、明らかに西安に比べて子供を見かける機会が多く、なんだかホッとした思いがしたものだった。
 新疆ウイグル自治区の人口政策について、ディリシャティは次のように教えてくれた。

 新疆の漢民族には、中国の他の省と同じように一人っ子政策が適用されている。2人目を生んだ場合は罰金が課せられるが、裕福な人は罰金の支払いを前提で生むのだという。
 ウイグル族については、出産制限はあるのものの、一人っ子政策は適用されていない。同じウイグル族でも、農村部と都市部では規定が違い、農村部では3人まで、都市部では2人までと決められている。さらに出産の間隔は2年以上あけなければならない。違反した場合は罰金が課せられるが、ウイグル族の場合は通常罰金を支払う経済的な余裕がないため、制限を越えて出産するケースは少ないそうだ。
 また、カザフ、キルギス、ホイ族など他の少数民族についてもそれぞれ規定が定められている。中国政府が人口抑制にいかに神経質になっているかがうかがえる話だ。

 漢民族以外の民族には、一人っ子政策は適用されていないとはいえ、制約があることに変わりはない。日本のように、人口密度は高いが子供が減っていることを嘆く国がある一方で、中国のように詳細に出産制限が設けられている国もある。中国の北隣のモンゴルでは人口増加のための優遇措置があり、10人以上子供を産んで国から勲章を授与されたという話を耳にしたこともある。
 国境線がどこに引かれ、自分がどちら側に属して生きるかによって、自分が選択し得る家族構成の可能性まで変わってしまうということだ……。

 ラグマンを食べ終えた私とディリシャティは、屋台を出て歩きながら話を続けた。
 「ディリシャティが子供の時と比べて、トルファンは変わった?」
 私はトルファンの街並みの話に話題を変えたつもりだった。しかし、結局、話はいつのまにやらまた漢民族の話になってしまうのだった。
 「変わりましたよ。10年くらい前まで、こんなにビルはなかったですよ。漢民族が増えてからどんどんビルができました」
 トルファン中心部の通りでは、右を見ても左を見ても、ビルの建設ラッシュが目につく。

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 私たちは、"青年路"と名付けられた、ブドウ棚がアーケードのように真っ直ぐに300メートルほど続く通りを歩いていた。
 ディリシャティは、頭上を覆い尽くすそのブドウ棚を指差してこう続けた。
 「これはブドウです。この通りの上は全部ブドウです。ここは昔、私たちが"民族の通り"と呼んでいたところです。昔はここは土の道でしたよ。それが今は全部こうなりました」
 彼は今度は足元を指差した。私たちが歩く青年路には、ピカピカに磨き上げられた大理石のような白い石が見事に敷き詰められている。
 「昔はここを歩くと民族の音楽が聞こえました。ウイグル族のお爺さんが楽器を弾いて、ここを歩く人がそれを聞きました。でも今はこれですよ。わかりますか。漢民族の音楽ですよ」
 ブドウ棚の中にスピーカーでも取りつけてあるのか、青年路には大音量の音楽が鳴り響いていた。そしてその音は、敷き詰められた石の道に反響して、ブドウ棚に覆われてトンネルのようになっている青年路を吹き抜けていくようでもあった。
 確かに道は整然としていてとてもきれいで、しかも見事なブドウ棚は、ブドウの産地として中国全土で有名なトルファンを象徴するものだ。しかし、トルファン滞在中、私は何度この道を歩いても、ある種の違和感のようなものを覚えずにはいられなかった。
 もしかしたらこの青年路の光景が象徴しているのは、ウイグル族と漢民族を取り巻く環境、そして変わりゆくトルファンという街の現状でもあるのかもしれない。
 ふと、そんなふうにも思えてくるのだった。

Vol.13へ続く)

>> 旅のウイグル語 Vol.12
 今週は名前を尋ねるときのフレーズです。
 「名前」はウイグル語で「イスム」と言います。ウイグル語では、「あなたの〜」と表現するとき、名詞の後に「〜ンギス」をつけます。
 「あなたの名前」は、「イスム」+「〜ンギス」で「イスミンギス」と発音されます。

 「〜は何ですか?」はVol.7で紹介した通り、「〜ニメ?」と言いますので、

イスミンギス
(あなたの名前は)
ニメ?
(何)
(ですか?)

 となります。

>> お知らせ(秋野深の作品掲載や活動など)
『NEUTRAL』(白夜書房)第3号に作品掲載
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特集:「月をめぐる冒険」の中の以下のページで写真と文章が掲載されています。
・「世界の"月の谷"をめぐる」
 P52/ヨルダンの砂漠、ワディ・ラム
・「月が生み出す奇跡の風景」
 P128/パリアキャニオン(アリゾナ州)
     イエローストーン(ワイオミング州)
     デスバレー(カリフォルニア州)
 P129/ブライスキャニオン(ユタ州)

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>> 秋野深(あきの・じん)について
 1970年生まれ。福岡県出身。会社員生活を経て、現在はフリーランスの写真家・紀行作家。アメリカとアジアを主なフィールドとして、自然風景、建築物、人々の生活や文化を撮り続け、雑誌やウェブでは旅のフォトエッセイの連載も手掛けている。
 2005年より、約5年間にわたる国際的な芸術と科学の研究・展示プロジェクト「Accuracy & Aesthetics」のオフィシャルフォトグラファーとして、世界5大陸の10都市を訪問・撮影予定。
 ニューヨークアートギャラリー「Renee Fotouhi Fine Art」への作品登録、ナショナルジオグラフィック・WWF(世界自然保護基金)の共同制作ウェブサイトへの写真提供をはじめ、作品は海外の媒体でも紹介されている。
 『イラン・思考の旅』で、第1回文学メルマ新人賞紀行文部門大賞を受賞。アメリカで開催された「インターナショナル・フォトグラフィー・アワード2004」のプロフェッショナル・ネイチャー/ランドスケープ部門で「オーナブルメンション」賞を受賞。
 ⇒ 活動や作品の詳細については、Jin Akino Photography をご覧ください。
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