部屋にいた他の人たちの表情は、「どうにか場の雰囲気が壊れずにすんでよかった」という感じで、みな一様にホッとしている様子だった。
一瞬どうなることかという雰囲気のなかで、彼女は最後には妥協して踊ったわけだけれど、私には彼女の表情はとても正直なものだと思えたし、誤解を恐れずに言えば、微笑ましくさえ感じられた。もちろん、彼女が嫌な顔をして踊った理由を私が想像できるわけではない。もしかしたら、たまたま気分が乗らなかっただけかもしれないし、踊りはもともと好きではなかったのかもしれないし、あるいは、誘ってきた男性とだけはどうしても踊りたくなかったのかもしれない。
もっとも、誘われても、最初は嫌な顔をしてすぐには踊らないのが模範的な行動だとされる文化があっても不思議ではないし、簡単に誘いに乗る人間ではないことを示しておくことが美徳とされる社会もある。しかし彼女の態度が全くそういう理由によるものではないことは、初めてウイグル族に出会った私のような人間にも手に取るようにわかるほどだった。それは、表情や振舞い方と共に、人間が共通して醸し出す雰囲気と言ってもいいようなものだ。実際に、彼女はその後も終始あからさまに不機嫌そうな顔をしたままで、友人が気遣ってなだめているくらいだった。
けれども、新疆ウイグル自治区を訪れて、旅のなかで思いもかけず結婚式に参加することになった私にとって、そんな場面に出くわしたことはとても嬉しいことでもあった。
というのも、私はそこで確かに"ウイグル族の文化や習慣"に触れることができたわけだけれど、それ以上に、あるウイグル族の人の、生活のひとこまに表われる個人的な心情というものを垣間見ることができたという思いを一方で持つことができたからだ。
地域や民族という大枠の価値観で異文化や民族の習慣などが語られる時、それを構成しているはずの個々の立場や心情は忘れられがちだ。別の言い方をすれば、「ウイグル族の人はみんな踊り好きで、生活にも音楽と踊りが溢れている。そして結婚式にもその伝統が今も息づいている」と表現してしまうことは簡単なことだし、現にテレビ番組や雑誌の記事ではそんな語り方をしないと話にならないと言っても過言ではないだろう。それは情報の受け手にとっても期待通りで、喜ばしいものでもある。さらに言えば、視聴者や読者の需要に暗に応えた伝え方でもある。
しかし、現実のひとこまに出くわしたときには、そこで語られていることとは全く別のものが見えてくることのほうがむしろ多い。それは、外国を訪れて異文化に触れた時のことを想定するまでもなく、自分自身の日常生活を振り返れば実感できることでもある。
こうして旅をする良さや意味というのは、国や地域や民族といった大きな枠で人間の集団を束ねてそこにある特徴を知ろうとするだけではわからないものを直に体験することだと思う。ウイグル族が一般的に踊り好きがどうか、ウイグル族の現代の生活にも伝統が息づいているかどうかは全く別にして、彼女はとにかくその時は踊りたくなかったのである。
トルファン滞在の初日から思いもかけず農村の結婚式に参加。それは私にとって思いもよらない急展開であった。旅の不思議さを実感して、これからの新疆ウイグル自治区の旅に対する期待感が大きくかき立てられたのは事実だ。
でも、そんな思いを持つと同時に、本当に不愉快そうな表情で仕方なく踊った女性の存在は、私の旅に対する高揚感を良い意味でなだめてくれたような気がした。ウイグル族の文化も伝統も歴史も確かにそこにあるけれど、ごくごく当たり前に、誰しも個人的な好き嫌いやその時々の事情や感情のようなものを意識的にも無意識的にも抱えて生きているのだよ、と。
やがて踊りが終わると、新郎と新婦は部屋を出て、花で飾られた車へと乗り込んだ。
いよいよ新婦は実家を離れるのである。
少しおとなしくなっていた新婦は、案の定、また激しく泣き叫び始めた。新郎の家に着いて新しい生活が始まれば、いくらなんでも泣いてばかりはいられないだろう。でも考えてもみれば、これは彼女が生まれ育った村を初めて離れる瞬間でもあるのだ。村の人たちにとっても、生まれた時からよく知っている人が村を去るというので、新婦を涙で送り出している人も少なくなかった。
これから、今朝私が乗っていた軽トラックによって先導された車の列が、今度は新婦の村から新郎の住むアイドゥンホア村へと戻って行くのである。
私はそこで村の人たちと別れてトルファンの宿へ戻ることにした。
別れ際には、新郎と彼の弟が、「夜までアイドゥンホア村で食事会があるのでぜひ来ないか」と誘ってくれた。しかし、私はまだトルファンの宿の周辺の地理すら把握していないし、それに夜まで郊外の村にいるとトルファンの市街地に戻るのはかなり遅い時間になってしまう。残念だったけれど、新郎からのお誘いは丁重にお断りして、突然結婚式に訪れた私を快く迎え入れてくれたことに心から感謝した。もっとも「感謝した」とは言っても、私がどうにか言えたお礼というのは、
「ベック(とても)… ヤクシ(よい)… トイ(結婚)…ラフマット(ありがとう)」
それだけだったのだけれど。
トルファンへと戻る車中で、私は改めてその日の出来事を思い返していた。
車窓には、農村と市街地の間に広がる砂漠が続いていて、午後の乾いた心地良い風が車内を吹きぬけていく。
本当に密度の濃い1日で、自分でもなんだか昨日ウイグル自治区に到着したばかりだとは到底思えなかった。旅は始まったばかりだというのに、少なくとも、もうすでに1週間くらいは旅をしているような、そんな気分にすらなっていた。
結婚式でのことをいろいろと思い出しながらも、私は、この旅が一体これからどんなふうに展開していくのかということにも同時に思いを馳せずにはいられなかった。
そんな思いで旅のスタートを切ることができたのも、私のような部外者を、快く笑顔で迎え入れてくれた村のウイグル族の人々のおかけだ。
いきなり結婚式にやってきたヤポンルック(=日本人)の存在が、村のみんなの思い出のほんの一部にでもなってくれていたら、嬉しいと思う。
(Vol.11へ続く)
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