
結婚式は、新郎の家のあるアイドゥンホア村とは別の、この村で行われるということだろうか……? 周囲にまともに言葉の通じる人が一人もいないので、私も確認のしようがない。それでも、ビデオカメラマンとのジェスチャーでのやり取りと、持参していた対訳表のおかげで、少しずつ状況がわかってきた。
私たちがやってきたのは、「アヤル」の家だと言う。
私は、「アヤル」というウイグル語が対訳表に載っていることを期待して探してみた。
「アヤル、アヤル…」
運良く「アヤル」が載っていた。「妻」という意味のウイグル語だ。
なるほど。つまり、アイドゥンホア村の新郎は、この村のこの家に住む女性と結婚するということなのだ。新郎は、車で列をなして新郎側の親族や友人とともに、新婦を迎えにきたということらしい。私が最初に訪れたアイドゥンホア村の家では男性客が多く、この家では女性客が多いということも、それで納得がいく。
新郎側、新婦側の親族や友人、そして村の人々が新婦の家に集まっているので、家の前も中庭もとにかくものすごい数の人で溢れかえっている。
「"招待客"などという概念はここにはないのだろうな」
なぜ車の列がここにやってきたのか、ようやく私は事態をつかむことができて、そんなことを考える余裕も出てきた。
ビデオカメラマンが「こっちだよ」と言うので、私がついて行くと、家の一番奥にある広い部屋に通された。そこは絨毯が敷き詰められた15畳くらいの部屋で、50人ほどの女性が座っていた。部屋全体を見回してみると、年配の女性が輪になって座り、その周りを若い女性や女の子が囲んでいる。なかには部屋に入りきれず、部屋の入り口付近に立っている人もいるもいて、私が部屋の奥へと入るのに苦労するほどだった。
|
|
どうも儀式のようなものが始まる雰囲気がある。みんな何かを待っているようだし、年配の女性たちが座る輪の中央でその何かが始まるようだ。
部屋にいる人が女性ばかりというのも気になる。そこで私は、ビデオカメラマンに、その疑問をどうにかこうにか伝えてみた。
彼のジェスチャーからわかったことは、彼自身はビデオカメラマンで、私はカメラを持っているので、特別にこの場に入ることが許されている、ということだ。結婚式で、女性だけが集まってこれからここで儀式が始まるのだという。
改めて部屋を見渡してみると、ビデオカメラマンと私、そして5歳くらいの男の子がいるのみで、あとは全員女性だった。その男の子は、まだ小さいので入室が許されているようだったけれど、とても恥ずかしそうな表情をしていたのが印象的だった。
|
|
部屋にいる女性たちの視線は、明らかに場違いな私に集中する。とりあえず私は、すぐそばにいる人たちに「ヤクシミシズ?(お元気ですか?) メン、ヤポンルック(私は日本人です)」と言いながら持っているカメラを指差して、自分が怪しい人間ではないことを示そうと必死になっていた。
その場にいる人たちは、トルファンの市街地からもかなり離れた農村に住んでいるから、近隣に漢民族は住んでいない。ましてや外国人を見かける機会もほとんどないはずなのだけれど、特に私を見て怪訝そうな表情を見せる人はいなかった。それどころか、みんなに「ヤポンルック? ヤポンルック?」と笑顔で言われて、良い意味で物珍しげに見られたので、私も安心してそこにいることができた。
50人近いウイグル族の女性に囲まれ、彼女たちを見ていると、ウイグル族に共通する外見的な特徴というものが見えてくる。
これは男性にも言えることなのだけれど、ウイグル族は、概して漢民族よりも骨格がしっかりしていて大柄だという気がする。トルコ系の血を引く人たちなので、肌は薄い褐色だ。年配の女性は、みんなふくよかで柔和な印象を受ける。
逆に私の風貌は、彼女たちが描く"日本人"のイメージとは大きく異なるものだったらしい。ウイグル族の人たちの日本人の外見的なイメージというものは、漢民族に似ていて、色が白く、背が低くてきゃしゃな体格、という感じだそうだ。私はと言えば、色黒ではないものの、西安から旅をはじめてすでに顔はかなり日に焼け始めていた。そして180cmの身長。彼女たちにとってそんな風貌のヤポンルックは意外だったようだ。
いよいよこの部屋で何かが始まるらしい。
周囲の人たちが私を見て、「カメラの準備は大丈夫?」とカメラを指差して気遣ってくれる。
しばらくすると、どこからか、日本人旅行者でもよく使うようなカート付きのカバンが部屋に持ち込まれてきた。中に何が入っているのだろう、一体何が始まるのだろう、と思って見ていると、丁重に扱われながら、そのカバンは年配の女性が座る輪の中央に置かれた。カバンは、飛行機の中に持ちこめるほどのサイズで、それほど大きいものではなかった。
カバンが開けられ、輪の中にいたその場の最年長と思しき女性が、中に入っているものをひとつひとつ取り出していく。そして部屋にいる女性たちに見えるように、高く掲げて見せている。
カバンの中身はというと……、ブラウス、スカート、靴下、手鏡、それにネックレスや指輪など。それは、結婚にあたっての、新郎から新婦への贈り物だったのである。
一通りカバンの中の物が取り出されると、遠巻きに一部始終を見ていた小さな女の子たちが輪の中央へと集められた。そして、子供たちは贈り物を手にしては歓声をあげ、その様子を年配の人たちは微笑ましそうに見つめている。女の子に語り掛ける人のウイグル語はもちろん私にはわからないけれど、きっとこんな内容なのだろう。
「あなたたちも大きくなって結婚したら、こういう贈り物がもらえるのよ」
私は儀式の一部始終を見ていて、その儀式がなぜ女性だけで行われるのか、ようやく、ほんの少しだけど理解できたような気がした。
贈り物のお披露目が終わると、今度は最年長の女性が輪の中央で立ちあがり、部屋中に、干しブドウをまき始めた。
「皆さんに幸あれ」
きっとそういう意味合いなのだろう。
干しブドウをまく女性は、撮影していた私の姿に気付くと、わざわざ私の目の前まで来て、「あなたにも」と、私の頭に数粒の干しブドウをかけてくれた。なんだかとても嬉しかった。その場にいる無意識の緊張とでも言うのだろうか、そういう感覚が、ウイグル族の人たちのおかげで、少しずつ少しずつ解きほぐされていくようだった。
そんなふうにして、私が女性ばかりが集まる部屋で過ごしていると、今度は、部屋の外の様子がなにやら騒がしくなってきた。
ビデオカメラマンが「次はこっちだ」と慌てて部屋を出ていくので、私も急いで後を追う。
外に出てみると、家の門の前に乗用車が一台とまっていて、その周りに人垣ができている。
いよいよ、新婦の登場である。
(Vol.9へ続く)
|