
トルファンの鉄道駅は、市街地からかなり離れたところにある。駅からトルファンの街までは、砂漠の道をバスに1時間半ほど揺られて行かなくてはならない。
しかし、鉄道の駅だけが砂漠の中にポツンとあるのではないか、という私の予想は、駅の改札を出てバス乗り場へと歩く5分ほどの間に見事にくつがえされていた。駅の周囲には、建てられてから10年はたっていないと思えるような新しい5、6階建てのビルが立ち並んでいたのである。
ビルの看板や駅前の商店の看板を注意して見てみると、100%とは言わないまでも、ほとんどが漢字の表記で、ウイグル文字で書かれた看板は見つけるのに苦労するほどだった。
ウイグル文字は、歴史的には時代によって様々な文字が使われ、1976年から1982年の間はローマ字表記されていたのだが、現代のウイグル文字では、アラビア文字をウイグル語用に改良したものが使用されている。ちなみに文字数は32で、右から左に書く。
バス乗り場まで歩きながら、左から右に読む中国語の漢字と、右から左に読むアラビア文字に似たウイグル語が併記された看板を見つけては、私は自分がいよいよ新疆ウイグル自治区へと足を踏み入れたことを実感していた。
そして大きなビルの最上階に掲げられた中国語の真新しい看板は、ここ10年ほど中国の他の地域から漢民族がこの地へと移り住んできたことを象徴しているように見えた。なかでも一番目立っていたのは「中国石油」の看板だった。その看板は、他のビルよりも重厚感のあるビルの上に一際大きく掲げられていて、トルファンの街へと向かうバスが駅を離れて砂漠の道に出てからも、車内で駅の方へ振り返った私の視野の中で、その存在を強く主張しているように思えた。
トルファンへと向かうバスに乗り込んだ乗客を、私は一番後ろの列の座席から眺め見て、彼らの話し声に耳を傾けてみた。やや小さめのそのバスは、30人くらいの乗客で満席になっていて、漢民族とウイグル族が半々くらいだった。
車内で交わされている会話に聞き入ってみると、意味は全くわからなくても、中国語なのかウイグル語なのかの区別くらいならどうにかできる。どうやら、どんな場合でも会話に漢民族が入れば会話は中国語でなされている。そして、ウイグル族同士の会話は当然ウイグル語なのだが、どうも漢民族はそれを全く理解していないようだ。
中国語ほどは抑揚が激しくないウイグル語を耳にすると、私はふと自分が中国ではないどこかに来ているような気持ちになり、慌てて「いやいや、ここは中国だ」と自分に言い聞かせていた。そんなことをしなければならないのは、こうしてウイグル自治区に関心を寄せて実際にやってきた私自身の中にも、どこかで「中国人=漢民族」という先入観があって、それを拭い去れてはいなかったからなのかもしれない。
「新疆ウイグル自治区」という名前だけを聞けば、そこではウイグル族が伝統を守り、広い中国の中でも漢民族とは一線を画した少数民族の暮らしが存在している地域だとイメージされる人もいるかもしれない。テレビや雑誌などのメディアでは、往々にして、その伝統的な文化が残っている部分だけに焦点が当てられがちではあるけれども、現状はそんなに単純ではない。新疆には、自治区の名称として使われているウイグル族以外にも、約4割を占める漢民族、カザフ族、キルギス族、タジク族、ウズベク族、ホイ族、モンゴル族など、13の民族が暮らしているのである。さらに、新疆ウイグル自治区の中にも、バインゴルン・モンゴル自治州、キジルス・クルグズ自治州など、いくつかの自治州が存在している。
人間をグループ分けして、少数派と多数派といった呼び方をする時、それがどういう枠でくくられ語られているもので、どんな基準に基づいて多い少ないと言われているのかということは、忘れられがちだが重要なことではないかと思う。
新疆について言えば、「新疆にはウイグル族と呼ばれる少数民族が住んでいる」という表現は、あくまで中国という国家単位の枠を持ち出した場合の話であって、新疆ウイグル自治区の中ではウイグル族は数の上で決して少数なわけではない。街という単位で見るならば、ウイグル族も漢民族も少数派になってしまうところもあるだろうし、学校や職場という日常生活の場では、その数の関係は突然変わることもあるかもしれない。さらに、その枠の中での発言権の強さや力関係が、数の論理とは別の物の影響を受けるとすれば、事はなおさら複雑なはずだ。
個々人のレベルの話をするなら、自分が少数派に属しているというマイノリティ意識は、自分の日常の生活実感に基づく部分が多いはずだ。その実感というものを規定している枠が、民族であったり宗教であったり、あるいは言語であったりするのだと思う。さらにもっと一般的な次元で考えるならば、性別や世代といった枠組みにも同じことが言えるだろう。誰しも、そうした様々な枠に囲まれ、あるいは枠に足を突っ込んで生きている中で、多数派や少数派という感覚がいろいろな形で芽生えてくるものなのだと思う。
多民族国家と呼ばれる国は数多く存在するけれども、概ねどの国でもそれぞれ同じ民族が固まって同じエリアに住み、コミュニティーを形成している。そのことは、国家の中で感じるマイノリティ意識が日々の実感としてはできるだけ軽減されて、居心地よく日常生活をおくることができる場に、人々が自然に集まっていくということを意味しているような気がする。
この新疆ウイグル自治区では、そうしたマイノリティ意識というものが、個々人の中に、あるいは民族の中に、どんな形でうごめいているのだろうか。
私の乗ったバスがトルファンの市街地に入る頃には、日はすっかり暮れていて、薄暗い街並みと人影からは、まだ何ひとつ、うかがい知ることはできなかった。
(Vol.5へ続く)
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