
列車の寝台でむかえる2度目の朝は、あまりの寒さに目が覚めてしまった。前日とは明らかに気温が違う。
私が寝ていた寝台は、車両の一番端にあって、枕元からは車両の出入り口にかけられた温度計が見えていた。恐る恐る気温を確かめてみると、9℃。確か西安を出発する時は25℃だったから、寒く感じるはずだ。
9月の下旬から10月にかけて、中国最深部の新疆ウイグル自治区を訪れるのには、やはり寒さに対する覚悟が必要なのかもしれない。
風景は、前日までのものとは一変していて、地平線までひたすら平らな砂漠が続いている。その色合いも、前日まで目にしていた黄土よりもわずかに黄色味が欠けているように感じられるのは、土地が肥沃さを失っているということなのだろうか。
時刻は午前9時。この時間なら列車はもう甘粛省を抜けて新疆ウイグル自治区へ入っているはずだ。
一晩で一変していたのは気温や大地の色だけではなかった。
砂漠の上には、見事に雲ひとつない大空が広がっている。これまでは、西安でも甘粛省でもひたすら厚い雲が空を覆っているばかりだった。いや、もしかしたら、雲ひとつない砂漠の空を見るのは初めてかもしれない。ウズベキスタン、イラン、シリア、ヨルダン……これまでそうした国々で、砂漠の道を何時間もかけて横断したことはあるが、「砂漠の空にも案外雲は多いものだ」という印象が強かったような気がする。
車窓の風景は、空の薄い青と大地の薄い砂色のほぼ2色のみ。空の色は、地平線に、つまり砂色に近づけば近づくほど白っぽさを増している。地平線付近は、まるで水彩絵の具でぼかして描いたように、限りなく白に近い空の薄い水色が、その下の砂漠から巻き上がる砂塵と交じり合い、そのぼんやりともやのかかった空と大地の境界線が車窓の枠の中で左から右へと流れていく。
外の風景がそんな薄い色に覆われているからか、車内で売られているカップラーメンのふたの真っ赤な色が、視界の中で妙に目立つ。
正午過ぎに、列車は新疆ウイグル自治区最初の駅、ハミに到着した。
温度計を確認すると18℃。隣の線路に停まっている石油の輸送列車の車体の下を見ると、枕木が見えないほどに影が濃い。その真っ黒な影を見て、私はようやく、乾燥した土地の陽射しの強さを実感していた。
ハミ周辺あたりから、農道の両側に背丈の高いポプラの並木が続く光景が目に付くようになる。真っ白な幹が空に向かって15m以上は伸びていて、枝葉も横に広がることなく上へと伸びている。直線的な長い農道の両側に植林されたそんなポプラ並木は、遠くから見るとまるで、等間隔に縦の白い線が入った緑色の壁のようにも見えてくる。
それにしても、どうしてこうも緑というものは人をホッとさせてくれるのだろう。ここ数年、毎年のように砂漠を抱える国を訪れている私にとって、何時間も視界が砂色に支配された後に緑を目にしてホッとする感覚は何度となく味わってきたものだ。その感覚に慣れていてもよさそうなものだと自分でも思うのだけれど、不思議といつも新鮮な気持ちで、心の底から安堵のようなものを感じでしまうのである。
列車はハミの駅を発ち、再び西へと向かう。
北側の遥かかなたに連なるのはアルタイ山脈だろうか。山頂付近に積もった雪がかすんだ空の向こうにかすかに見える。あの山々の向こう側はモンゴルだ。考えてみると、新疆ウイグル自治区は実に多くの国の国境と接している。モンゴル、ロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、アフガニスタン、パキスタン、インドの8カ国だ。
新疆が国境を接している国々と、ここがアジアの真ん中であることを考えると、中華人民共和国の中とはいえ、この土地の文化に中央アジア諸国との共通点が多いこともうなずける。
ハミを発ってしばらくすると、線路の周囲に広がる農場の様子も少しずつ変化を見せ始め、ブドウ畑が目立つようになる。他の作物の畑よりもブドウ畑は緑の色が濃く、葉の密度も高い。
さらにもう1つ目を引くのは、そこで働く女性の服装の色鮮やかさだ。赤、青、オレンジ色、それにアトラス模様。そんなふうに色鮮やかな服を着た人々が緑溢れる畑で働いている様は、まるで、広大な砂漠にオアシスという緑色の絨毯を広げ、そこに色とりどりの原色の花をちりばめたような光景だ。そしてそれは、私の記憶の中では、3年前にウズベキスタンで出会った光景に限りなく近いものだった。
思い出してみると、私が初めて新疆ウイグル自治区への旅を現実的に考え始めたのは、ウズベキスタンの旅を終えて帰国した直後のことだった。
(Vol.3へ続く)
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